宮城実来さん

デフフットサル世界大会2015 日本代表

宮城実来さんは、先天性の高度難聴で、3歳のときに人工内耳の手術を受けられました。その後、2015年7月にデフフットサルの日本代表に選抜され、デフフットサル世界大会2015に日本代表として出場されました。こちらでは宮城実来さんの体験談をご紹介しています。

デフフットサル日本代表・宮城実来です。

私が赤ちゃんの頃は、よく眠る育てやすい子だと思われていました。生後7か月頃にたびたび中耳炎にかかるので病院で調べてもらうと、聞こえに問題があるかもしれない。ということで、沖縄の大学病院に紹介され、検査を受けられたのが1歳3か月の頃でした。耳が聞こえませんでした。「この子は、先天性の高度難聴です。」と診断されました。両親は、ショックで涙が止まらず、私の将来を心配して途方に暮れたそうです。両親は、まちがいじゃないか?治るのではないか?と、インターネットなどで調べて、耳にいいという病院を何件も受診し、本土の病院にも検査や訓練の為に1年以上も毎月、飛行機で通ったそうです。「難聴」は治る病気ではありませんでした。

現実を受け入れるのに時間がかかりましたが、でも立ち止まってはいられません。音が入ってないなら早く音を入れる努力をしないといけない!と、病院に通うと同時に補聴器をつけての訓練もしていました。補聴器との相性も良く生活する上ではよく聞こえていたようです。ですが、学校に上がって学習することになった時に、この聞こえだと無理があるのではないかと、主治医の先生と何度も話し合い、人工内耳の手術を受けることにしました。3歳2か月の頃でした。

退院後、傷の治り具合を見つつ、一ヶ月ぐらいで音入れ。最初の感じは、何?とさぐるような目をするぐらいで大きな反応はなかったようです。それから週1回1時間のペースで、病院で人工内耳のマッピング調整と言語の訓練を受けました。それは、3歳から小学校3年生まで続きます。小4からは2・3週間に一度、中学生からは2・3か月に一度と、段々学生生活を優先する形で訓練を続けてきました。

学校は、幼稚園に上がる前までは、地元那覇市の認可保育所に通いながら、週1回ろう学校に教育相談で通いました。幼稚園からは、地元の普通学校に通っています。

現在私は、サッカーやフットサルというボールを蹴るスポーツをやっています。

始めたきっかけは、通っていた天妃小学校の3年生の時に、できたばかりのサッカー部に一緒に入部しようと、同じクラスの女子に誘われたからです。その頃、女子サッカーのなでしこジャパンが注目されはじめた頃でした。男子に混ざって女子3人で入部しました。

もちろん私以外はみんな健常者です。はじめは、ついていける心配しました。が、聞こえない遠くからの監督の指示を、近くにいるチームメイトが教えてくれたりして、練習が続けられました。母は、団体競技をすることで、社会のしくみや仲間とのコミュニケーションを取らなければならないという状況に私を置きたかったようで、喜んでいました。

スポーツは練習すればするだけうまくなっていくと思います。聞こえに不安のある、私のコンプレックスをカバーできる程の効果がありました。

中学に入ると、学校に女子サッカー部がなかったので、近くのクラブチームに入りました。

中学1年の事でした。2020年の東京オリンピックが決まった事で、耳が聞こえない人は出れないだろうか?という疑問がわき、インターネットで調べると、ろう者はパラリンピックには出れないので、世界中のろう者だけでオリンピックやワールドカップを行っている事がわかりました。そこで、2年後に「デフフットサル世界大会2015」がタイのバンコクで開かれるのを知り、日本ろう者サッカー協会にどうしたら参加できるのか?とメールで問い合わせをし、選考会を経て、千葉や埼玉、静岡など本土で行われた代表候補合宿に約2年間3か月毎に参加しました。そして、2015年7月に日本代表に選ばれました。世界大会に参加できる最年少14歳でした。その頃の沖縄では、新聞に1面に取り上げられたり、テレビの取材を受けたりと、注目の高さに驚きましたが、今まで以上に頑張らなくては!という気持ちも強く持ちました。

 

11月20日~タイで開かれた世界大会の女子の部は、世界中から13か国が参加。体格も違い、国の代表で来ているという闘志がみなぎる各国の試合が10日間に渡り繰り広げられました。

日本は、ロシア・スペイン・イタリア・イラン・イギリスと戦い6位になりました。

私は、試合に出られる事だけでもうれしかったのに、イランとイギリス戦で得点を入れることができました。試合が終わると、握手したり、抱き合ったりと、言葉は通じなくても、お互いの健闘をたたえあいました。すばらしい体験でした。

両親は普通のサラリーマンです。検査を受けるため本土に行ったり、訓練のため病院に週一回連れて行ったり、学校で少しでも聞こえを補うためにFMマイク・送信機を買ったり、日本代表になるための合宿に実費で行かせたり・・・。私はすごくお金のかかる娘ですね。両親にどう恩返しすればいいのかまだわかりませんが、両親は、私の難聴を隠すことなく、社会になじめるように沢山の情報を得て、経験をさせる。ということを心掛けているそうです。

サッカーを始めた頃からの私の夢は、日本代表でした。それは1つ叶いましたが、止まることなく、来年はろう者のオリンピックのサッカーでも日本代表になること。そして、高校生らしく文武両道でいけるように、これからも人生のピッチを走り続けたいと思います。私の挑戦はこれからも家族と共に続いていきます。

2016年3月

 

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